2025.01.08
講談社のグローバル担当が語る、マンガのデジタル化とグローバル化が変えたミライのエンタメビジネスのあり方とは?
2024年10月30日、東京會舘で開催された「講談社メディアカンファレンス 2024」。プログラムの一つ、「ミライトーク」に、エンタメ社会学者の中山淳雄さんと、講談社グローバル統括室室長の高見洋平が登壇しました。トーク終了後、二人は場所を移して「ミライトーク延長戦」を実施。本稿ではその内容をお届けします。
「ミライトーク本編」では、人気作品の登場によって、マンガ・アニメのグローバル市場が拡大していることが語られました(記事はこちら)。「延長戦」では、マンガのデジタル化とグローバル展開について講談社の取り組みを中心に、中山氏が高見に話を聞きました。
(左から)講談社 グローバル統括室室長 高見洋平、エンタメ社会学者 中山淳雄さん
マンガの売れ方は2010年代に大きく変化した
中山:2010年代から世界における日本マンガとアニメの市場規模が拡大していきましたが、講談社さんの社内で、「デジタル」「グローバル」といったことが言われ始めたのは、いつ頃だったのでしょうか?
高見:ここ10数年くらいのことだと思います。弊社は電子書籍事業に出版業界の中でも早めに着手し、2010年に約2万タイトルを電子書籍化する方針を打ち出しました。この戦略が功を奏して、その後、Kindleのような海外の電子書籍サービスが日本に上陸した際に、弊社は交渉しやすい環境にありました。
中山:海外の電子書籍サービスに「すべてをお任せします」ということではなかった?
高見:当時、弊社はすでに多数の作品の電子版を持っていました。プラットフォーマーとして日本で市場を拡大したい海外の電子書籍サービスと、コンテンツを多数供給できる弊社という形で、良いパートナー関係が築けたと思います。海外のプレイヤーだけでなく、日本の電子書店もいろいろ存在していて、世界に先駆けて成長していきました。弊社としては、さまざまなプラットフォーマーに多くの作品を供給して、書籍のデジタル化の波に乗ろうとしたのです。
高見 洋平(株式会社講談社 グローバル統括室 室長):1998年講談社入社。漫画編集者として21年間従事し、担当作品に『BECK』『ノラガミ』『ボールルームへようこそ』など。2018年「月刊少年マガジン」編集長就任。21年からはライツ・メディアビジネス局長として、アニメ・実写・ゲーム・MD・広告宣伝・ライブエンタメなどのライセンス部門を統括。24年6月、海外事業を強力に推進するために新設されたグローバル統括室・室長に就任。
中山:2009年頃の電子書籍市場規模は、2位のアメリカが300億円だったのに対して、日本は570億円で世界最大でした。ガラケーで早めに伸びていましたよね。
高見:2010年頃から「電子書籍市場は拡大する」と言われていて、アメリカでも大きな伸びを示していました。ところが、アメリカの電子書籍市場の成長は2015年ごろに鈍くなり、いまに至ります。それに対して日本の電子書籍市場は成長を続け、いまではアメリカを圧倒しています。
中山:日本が成長を続けている要因は何でしょうか?
高見:電子マンガが大変売れているからです。マンガを抜きにすれば、アメリカと日本の電子書籍の市場規模はそれほど変わらないかもしれません。
中山:電子マンガアプリの普及が始まるのは2016年頃でしょうか。
高見:そうですね。いわゆる「待てば無料」といった新しいビジネスモデルが2010年代後半に生まれて、完全に定着しました。主要プレイヤーとして、『ピッコマ』や『LINEマンガ』などの韓国系の電子書店が現れて、それらのプレゼンスが高まりました。当時、「待てば無料」モデルは、Webtoon(ウェブトゥーン)の戦略で、日本は脅威に感じていました。ところが、電子マンガアプリの成長により、日本マンガの過去作品にすごく光が当たり、百巻ぐらいある作品が「読み始めたら止まらない」という状態になったのです。特に2016~18年は、日本におけるマンガの売れ方が大きく変わってきた時期でした。
「マガポケ」という直販で、マンガのビジネスモデルが変化
中山:マンガの売れ方が変わっていく中で、講談社さんはどのような取り組みを行っていましたか?
高見:2000年代の出版不況の中でも、「とにかくいい作品を作ろう」とマンガは粘り続けていました。当時は、読者アンケートや書店店頭のPOSデータをもとに編集方針や販売方針を考えていましたが、2016年くらいに、従来の基準だけでは作品の人気が測れないような感覚が生まれてきたのです。紙の売り上げは伸びていないのに、電子版はすごく売れているというケースが見られ始めて、「あれ? これ、POSの数字だけ見て連載の先行きを決めるのは危ないんじゃないか?」みたいな。
中山:紙だけの実績では判断できなくなった、と。
高見:もちろんPOSデータはいまでも重要な指標ですが、2015年に「マガポケ(少年マガジン公式無料漫画アプリ)」で、マンガを直販するようになってからビジネスモデルそのものが変わりました。「マガポケ」は、『週刊少年マガジン』の作品がアプリで読めるサービスとしてスタートした後、マガポケオリジナルの作品も掲載するようになり、さらに講談社の他のマンガ雑誌の作品や過去の名作も読める「オール講談社」のマンガプラットフォームにバージョンアップしていきました。マガポケの誕生によって、電子マンガ市場での動向も把握できるようになったのはもちろん、リアルタイムに連載の段階から作品がどのように読まれているかということが把握できるようになりました。
講談社の公式マンガアプリ「マガポケ」
中山:なぜマンガの直販がうまくいったのでしょうか。
高見:大きな理由の一つは、マンガというフォーマットが隙間時間を埋めるのにちょうど良かったからです。映像とマンガの大きな違いは、視聴に費やす時間を自分で決められるか否かです。倍速モードはありますが、映像は基本的に視聴スピードを変えることができず、キリのいいところまで見ようと思ったら30分ぐらい必要になることがあります。一方、マンガは10分、15分といった隙間時間でも楽しめます。
中山:マンガプラットフォームは、出版社としてこれからも大きなチャレンジになるでしょうね。これまで日本のエンタメ産業の中で、「作った側が直接消費者に届ける」ことが海外にもできているのは、家庭用ゲームぐらいです。音楽も動画配信も厳しいですが、マンガだけはそれを実現できる可能性があります。世界のマンガ市場の約半分は日本で、まるでハリウッドのような状況です。それがグローバルなプラットフォームを作って広げられるかどうかが、マンガ市場拡大のカギになりそうです。
中山 淳雄さん(エンタメ社会学者、Re entertainment代表取締役):リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティング、バンダイナムコスタジオを経て、2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在し、日本のゲームやアニメなどの海外展開を担当。2021年にエンタメの経済圏創出と再現性を追求するRe entertainmentを設立。著書に『クリエイターワンダーランド』『エンタメビジネス全史』『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』など。
マンガを海外展開する『K MANGA』の二つのチャレンジ
中山:講談社さんは、海外向けに展開するマンガアプリ「K MANGA」を、2023年5月にスタートしましたよね。
高見:「K MANGA」では、講談社の人気マンガの英語翻訳版を多数読むことができます。日本のマンガアプリが海外展開でまだ大きな成功を収めていない中で、「K MANGA」は二つの大きなチャレンジを行いました。一つは、マンガの購買方法です。サブスクリプションではなく、いま日本国内でスタンダードになっているコイン制で、「待てば無料」というシステムを導入しました。マンガを読むには、アプリ上でコインを購入する、もしくは一定期間待って無料で読むというものです。この消費習慣はアメリカでは非常に目新しいものでした。
もう一つは、最新話の日本語版と英語版を同時に提供する「サイマル化」を実現したことです。これまで日本語で出版されたほとんどの作品は、英語版が出るまでにタイムラグがありました。タイムラグがあることで、日本でコミック誌が出ると、すぐにスキャンされて、勝手に翻訳したものが海賊版として出回ってしまいます。これを防ぐには、日本語版と英語版を同時に配信するしか解決策がありません。日本の出版社で、100タイトルを越える作品数を同時配信できる体制が築けているのは、いまのところ弊社だけと言っていいと思います。
中山:同時配信するには相当なご苦労があったのでしょうね。
高見:実現するには、とてつもない意思決定が行われました。「K MANGA」を立ち上げた際、投入する作品は翻訳のための時間が必要なので、作家さんにお願いして全作品の締め切りを、大幅に前倒ししていただいたのです。作家さんは毎週の締め切りに追われていますから、ご理解いただくのは大変でした。
中山:まさに「マンガの生産革命」ですよね。僕がMeta社と調査したところ、この半年ぐらいでアメリカの電子コミック市場のなかで「K MANGA」が突出して躍進しています。
高見:ヒット作は、みんな誰よりも早く続きが読みたくなりますからね。日本で最新話が出れば、すぐにSNS等で世界同時に共有される時代ですから。最新話を世界に同時供給できる体制をこれからも強化していきます。
マンガのグローバル展開という点で一つ付け加えると、講談社の北米子会社である Kodansha USA Publishing(略称 KUP)においても、デジタルコミック直販サイトを展開しています。「K MANGA」との間でデータを共有しながら、グローバルの直販機能を充実させていこうとしています。
作品を生き続けさせていくのは、出版社の責務
中山:2010年代後半に電子マンガが伸びていくとき、すでにアニメは好調でしたよね。アニメはどのくらいマンガや出版社に影響したのでしょうか。
高見:当時から、アニメ化における原作マンガのプロモーション効果は非常に大きかったので、現場編集者は、「連載を続けるためにはアニメ化が必要」と言っていて、アニメ化の話が出ると「ついに来たか!」と大喜びでした。いまはグローバルの配信プラットフォームが日本のアニメを盛んに買っていただくようになり、ライセンス収入における海外の割合が急拡大していて、アニメビジネスが大きく変化しています。
中山:アニメ化では、複数の企業が出資して「製作委員会」が組成されることが多いですが、講談社さんはどのように関わっていますか?
高見:製作委員会は、みんなでアニメの制作費を賄うだけでなく、それぞれの会社の得意技を生かし、良い作品を作って世の中に広めるという機能があります。弊社の役割は、まず、版元として原作を売ることです。原作が売れることでアニメへの注目度が高まります。
中山:出資比率を上げて儲けを増やすことよりも、どう貢献できるかが重要だ、と。
高見:弊社の場合は単に投資が回収できればそれでいいというわけではありません。出版社には、「作品を生き続けさせていく」という、著者から委託された責務があります。
作品を生き続けさせていくためには、商品化も大事な要素です。グッズなどの商品が売れることによって、作品がユーザーの心や生活に入り込む。好きなグッズを見るたびにアニメの名場面が浮かんでくるといったような。商品になると言語の壁も超えてくれるので、世界に作品がヒットしていくきっかけにもなります。弊社はアニメ製作委員会に参加している多くの作品で、商品化権の窓口を担っています。
中山:ライツ業務の内製化は、出版社の中でも講談社さんがいち早くはじめていました。いろいろな事業を自分たちで手掛ける気風が昔からあるのでしょうか?
高見:そうですね。作家さんの大事な作品をお預かりしているので、可能な限りしっかりと自分たち自身で目配りをしたいのです。商品製造など最終的には他社にお任せするわけですが、できる限り良い形で作品を利用していただきくべく、編集者とライツ担当者が同じ社内で連携を取りながら動いています。いまは弊社の作品をお預けいただく多くの作家さんが、編集者だけでなくライツ担当者の顔も知っています。
中山:お話を伺っていて、講談社さんは100年以上の歴史がありますが、特にこの20年間は変化が大きいと感じます。アニメ、電子マンガ、マンガアプリ、海外化など。
高見:そのときどきで、アニメ化に力を入れる、デジタルをやるという大きな意思決定がありました。加えて、『進撃の巨人』の大ヒットという、時代の風が吹いたことも大きいですね。『進撃の巨人』は、弊社を新たなフェーズに連れていってくれました。作者の諫山創先生にさまざまな商品化や広告宣伝利用を許可していただけたこともあり、多様な企業とのコラボレーションが実現しました。
中山:フレキシブルな考え方を持った先生ですよね。作品を商品やゲームに展開していくには、先生自身がどのくらいそのメディアミックスに興味をもって入っていくかもその結果に大きく影響します。
高見:作品の人気に引っ張られる形で弊社のライツ部門が拡充していきました。弊社は、2000年代の中ごろにメディアミックスに力を入れて、自らアニメ化に動いていくという方針を立てました。『FAIRY TAIL』や『進撃の巨人』というビッグコンテンツが登場し、両作品ともグッズ、ゲームなど、いろいろな商品が大ヒットし、弊社のライツ部門の拡充に大きく貢献していただきました。
マンガだけでなく、小説の海外展開も
中山:話は変わりますが、講談社さんは2011年に翻訳出版社であるVERTICALを買収していますよね。拠点展開もそのころに端を発するのですか。
高見:じつは、講談社のアメリカ進出は1960年代に遡ります。当時は茶道や剣道といった日本文化を紹介することが事業の中心でした。2000年代に入り、マンガを中心としたエンタメ作品の翻訳出版に力を入れ始め、2008年には「講談社USAパブリッシング」を設立しました。
中山:なるほど、2000年代からが北米拠点展開の第2創業みたいなものだったんですね。
高見:その後、2011年にVERTICALを買収して、2014年にアメリカに電子書籍の配信子会社「講談社アドバンストメディア」を設立しました。さらに、2019年に、3つの会社をまとめて、現在は、「講談社USAパブリッシング」としてまとまっています。
弊社はマンガだけでなく小説や児童書もたくさん出版していますので、それらの海外展開も行っています。村上春樹さんや川上未映子さんなどの作品は海外で読まれていますが、他にも、西尾維新さんの作品など、素晴らしい小説が日本にはたくさんあるので、これからも積極的に海外展開していきたいですね。
海外のコンテンツ消費はまだまだ伸びしろがある
中山:話をアニメに移します。世界の動画配信の需要を調べると、ハリウッドの凋落もあり、 欧米で非英語コンテンツを見ている人は、以前は10パーセント程度だったのが、いまは約30パーセントまで上昇しています。国産でないコンテンツを欧米人が見るようになる中で、非国産のエンタメのうち4割ぐらいがアニメになり、日本作品が大きく伸びています。アニメ人気は、アメリカと中国が先行していますが、東欧やオーストラリア、ニュージーランドでも同じような傾向を感じます。
2021年の世界のコンテンツ市場規模(下表)を見ると、アメリカ57.3兆円、中国27.2兆円、日本12.9兆となっていて、イギリス、ドイツ、フランス、韓国、イタリア、ブラジルと続きます。人口で割ると、おおよそアメリカは20万円、中国は3万円、日本は10万円を、一人が1年間に消費していることになります。この額はアニメだけでなく、音楽や映画など全エンタメを対象にしたものですが、日本では年間に10万円を消費しているというのはすごいことですが、ある程度成熟した状態だとも思います。それに対して、海外はまだまだ伸びしろがある地域がありそうです。
中山:例えば、コンテンツという広い括りで見たときに、音楽系だと東南アジアは外に開かれた市場なので、日本コンテンツがそこをハブに欧米に広がっていく傾向があります。アメリカに到達する前に東南アジアでまず流行って、という曲が多いんですよ。市場規模の大小だけでなく、どのくらいほかの市場に派生しやすいかという浸透性も重要です。
高見:僕が個人的に注目しているエリアの一つは、ブラジルです。BRICSの中でも人口が大きく増加し、可処分所得も増えています。ブラジルは、歴史的に日本からの移民が多かったこともあり、日本のカルチャーが好きな人がとても多い。ブラジルからまわりの国への波及も期待できそうです。
推し活ブームを追い風に、「フィジカル棚」が急拡大
中山:エンタメの分野でいま特筆すべきは、中国における日本の「フィジカル棚」(僕の造語です)のシェアが急激に拡大していることです。アプリゲームやYouTubeやNetflixといった「デジタル棚」で視聴シェアの競争をしてきましたが、マンガ・アニメIPが百貨店やポップアップショップなどで、特にフィギュアなどの視聴映えのよい形で「フィジカル棚」を占めているんです。テーマパークなどの体験型施設も増え、IPをフィジカルな場面で見る機会が急激に拡大しています。中国におけるIP商品化市場って数兆円規模なんですが、そこで1割くらいだった日本IPが、この2023-24年って体感値で3割くらいまであがって欧米IPを圧倒しています。これは大変な数字です。
高見:おっしゃる通り、いま中国で日本のフィギュアやキャラクターグッズがものすごい勢いで売れていますよね。
中山: デジタルのシェアは力のあるプラットフォーマーとの結びつきを強めたり、うまくバズを連鎖させないと差別化が難しいのですが、「フィジカル棚」のシェアはハードとしてのクオリティで差別化できますし、アニメ浸透のアドバンテージと連鎖してうまく日本IPが差別化できており、この2年くらいで人気が大爆発しています。
高見:中国以外の国で「フィジカル棚」が拡大できるかどうかは未知数ですが、「好きなもので自分を表現したい」「推し活は自己表現の一つ」というカルチャーは、世界的に見られるようになってきています。特に世界のZ世代に日本のマンガ・アニメが確実に広がりつつある。
海外でも日本のキャラクターのコスプレが流行っていますし、中国では、推し活の象徴の一つ「痛バ(痛バッグ)」と呼ばれる、缶バッジでカバンの表面を埋め尽くすムーブメントが起こっています。とはいえ、推し活のスタイルは日本と全く同じではなく、それぞれの国で独自進化を遂げており、その中で日本のさまざまなキャラクターグッズが注目されています。
中山:「フィジカル棚」は、グローバルで日本の強みを生かせる分野であり、マンガ・アニメとの相乗効果が期待できます。今回お話を伺ったマンガプラットフォームとともに、日本のマンガ・アニメのグローバル市場を拡大していくカギとなりそうですね。本日はありがとうございました。
撮影/日下部真紀(講談社写真映像部) 取材・文/水溜兼一 (Playce) 編集・コーディネート/川崎耕司・丸田健介(C-station)
川崎耕司 シニアエディター・コーディネーター
C-stationコンテンツ責任者。C-stationグループの、広告会社・広告主向け情報サイト「AD STATION」担当。
丸田健介 エディター・コーディネーター
C-stationグループで、BtoB向けSDGs情報サイト「講談社SDGs」担当。