2025.05.08

深刻化するネット広告の問題と企業が取るべき対策 第8回クオリティメディアコンソーシアム オンラインセミナーレポート

ブランド毀損、消費者からの信頼失墜など、デジタル広告に関する課題が深刻化しています。その原因はなにか。そして企業はどのような対策をしていくべきなのか。パナソニック コネクト株式会社 取締役 執行役員 SVP CMOで、日本アドバタイザーズ協会(JAA)デジタル専門委員会の委員長でもある山口有希子さんが解説します。


皆さんこんにちは、パナソニック コネクトの山口有希子と申します。
日本アドバタイザーズ協会(JAA)のデジタル専門委員会 委員長もさせていただいています。

本日は、「気づかない間に犯罪に加担している可能性も。深刻化するネット広告の問題から、いかに企業を守っていくべきなのか」をテーマに、私が考えていることを中心に共有させていただければと思います。

山口 有希子氏
パナソニック コネクト株式会社 取締役 執行役員 SVP CMO
日本アドバタイザーズ協会(JAA) デジタル専門委員会 委員長
新卒でリクルートコスモスに入社し、シスコシステム、Overture、Yahoo! JAPAN、日本IBMなどの企業においてマーケティング管理職を歴任。現在はパナソニックのB2Bソリューション事業会社 パナソニック コネクトのマーケティング責任者を務める。JAAにおいては2016年、デジタルメディア委員会を創設し、副委員⾧に就任。現在は委員⾧としてデジタル広告の問題に取り組み続けている

「詐欺広告」と「広告詐欺」 広告主の責任の問題である広告詐欺

クオリティの低いメディアが加害者、広告主である企業が被害者となる広告詐欺

昨今、「詐欺広告」と「広告詐欺」が社会問題になっています。詐欺広告は2024年、「投資したら20倍」などと謳った、SNS型投資詐欺が大きな問題となりましたが、企業にとって大きな影響があるのは詐欺広告よりも、広告詐欺です。

企業のマーケティング費や広告費が勝手に、知らない間に、しかも望まない形で騙し取られている。機械(bot)によって閲覧やクリックが水増しされて請求されたり、望まないサイトに勝手に広告が掲載されたりしている。これらは企業ブランドの毀損にもつながりますし、コストの増大にもつながる。そんなことが、あたりまえのように起こっています。

詐欺広告・広告詐欺は、どちらも非常に増加しており、一般の消費者が被害を被っている現状があります。

ここで強調してお伝えしたいのが、広告詐欺の発生率です。
もしかすると、「広告詐欺はデジタル広告が発展しているアメリカのほうが多い」というイメージをお持ちの方もいるかもしれません。しかし発生率でいうと日本は世界平均(1.4%)の2倍以上(3.3%(2022年前期))というデータもあります。つまり日本は、世界と比較して、非常に広告詐欺がしやすく、稼ぎやすい場所になっている。この問題と、真剣に向き合わなくてはいけない時期に来ているように思います。

日本のアドフラウド発生率はアメリカよりも高く、2022年前期(1月〜6月)の時点で、世界平均の2倍以上

アドフラウドの問題は企業全体に関わる、企業責任の問題

広告詐欺で騙し取られた多くのお金は、悪意を持って詐欺をするような人たちのところへ流れています。この「悪意を持って詐欺をする」人たちは、反社会勢力と関わりがある可能性が高いというレポートも出ています。広告詐欺問題は、企業の広告部門だけの問題ではなく、企業全体にかかわるコンプライアンス、企業責任の問題だと思っています。

横行する広告詐欺サイトの被害額は、世界で13兆円にもなるともいわれており、しかも広告詐欺サイトはAIというテクノロジーによって、どんどんその手口が高度化しています。

今、問題になっているのは、「Made for Advertisement(MFA))と呼ばれる、広告費用を企業から騙し取ることを目的として作られたサイトです。MFAが増加しているのは、簡単に儲けられる仕組みだからです。

たとえばMFAサイトでは、目視できる広告は7つでも、実際には50個の広告が表示されている。これはつまり、人の目には見えない(表示はされているが認識できない)のに、その分の広告費が騙し取られている、ということです。この現実に、危機意識をもたなければいけないですし、この現状を広告主はどのようにして止めていくのかが、非常に重要です。

デジタル広告はマス広告と出稿の流れが全く違う

デジタル広告は、既存のマス広告とは「質」が全く違います。

デジタル広告の登場で、広告は「枠」から「人」へと"進化"した

広告は「枠」から「人」へと進化してきました。ですが、これを改めて「人」から「枠」に戻さなければいけないのではないかと思っています。テクノロジーが進化するなかでも(デジタル広告においてもマス広告のように)、ターゲットであるお客さまにきちんと広告を、伝えたいメッセージを届けたい、というのが正しいのだと思います。

ただ、デジタル広告の仕組みの中にはさまざまプレイヤーがいます。
既存のマス広告は、広告主と媒体の間に広告会社がいる、という3社のシンプルな流れで広告出稿が行われていますが、デジタル広告はそうではありません。

多数の媒体にリアルタイムで配信するために、多くのアドネットワーク業者が介在しており、サプライ側(メディア)・デマンド側(広告主、広告会社)、どちらも非常に多くのプレイヤーが存在します。

問題は、その結果、「広告主がどこに広告を掲載しているかがわからない」ということです。

デジタル広告の出稿の流れ。意識が高い広告主でも、自社の広告がどこに出稿されているかわからなくなるほど複雑化している

ある調査では、自分の広告がどこに掲載されているかを全部把握している企業はわずか20%ほどしかいない、というデータもあります。つまり、現在のデジタル広告は、どこに広告を配信しているかという責任を持たなくても、意識をしなくてもいい仕組み(状態)になっている。これは、非常に危険なことではないでしょうか。

「マス広告のあたりまえ」は、「デジタル広告のあたりまえ」ではありません。お金を出すのは広告主なのに、自分たちが出したお金を、誰が受け取っているかもわからない。それが今のデジタル広告の仕組みなのです。

マス広告では「わかっていた」ことが、デジタル広告では「わからなく」なっている状況が、さまざまな問題を生み出している

日本のデジタル広告費用は大手プラットフォーマーに偏っている

日本のデジタル広告費は、大手プラットフォーマーへの偏りがアメリカよりも大きいというデータがあります。

国内のデジタル広告費とアメリカのデジタル広告費を並べて見てみましょう。

日本とアメリカのデジタル広告費の内訳。アメリカに比べると、日本は大手プラットフォーマーへの偏りが強く、オープンウェブの割合が少ない

2021年と少し古い数字ですが、何が違うか。大手プラットフォーマーへの比率がアメリカは60%強に対して、日本は80%。差が20%もあります。

問題はシンプルです。「Open Web」とありますが、いわゆるクオリティが高いメディアに意思を持って広告を出す、というマーケットが日本においてはほぼ存在しない(わずか2%)ということです。

PMPが発達しているアメリカでは、運用型でありながらブランドに適したメディアに予算が投下されている

アメリカでは広告代理店がメディアを指名買いするPMP(プライベートマーケットプレイス)が発達しています。それは「安心安全なところにしか広告を出したくない」という意思を持った広告主がいて、そのニーズに代理店が応え、マーケットプレイスを作っているからです。このマーケットが日本にはないということが、大きな課題のひとつだと思っています。

デジタル広告のエコシステムの中では広告主もメディアも玉石混淆

デジタル広告は、エコシステムでできています。

デジタル広告のエコシステムのイメージ

残念ながら(広告を出稿する)広告主も、(広告が配信される)メディアも玉石混淆です。
意思を持って、本当に正しく自分たちのメッセージを消費者にきちんと届けたいと思っている広告主もいれば、詐欺広告のように、悪意を持って広告を使って消費者を騙して儲けようという広告主もいます。同じようにメディア側も、きちんと広告主のメッセージを消費者に伝えるためにどうするべきかを考えるメディアもいれば、先ほどのMFAのようにひたすら広告費を盗みとりたいというメディアもいます。

質の悪い広告が増えれば、消費者が騙されたり不快な思いをしたりします。
質の悪いメディアが増えれば、広告主のブランド毀損につながりますし、広告を見た消費者もネガティブなイメージを抱き、結果、広告主も消費者も不満を抱きます。

プラットフォーマーにおいては、健全な場所にどのように出すかをそれぞれ切磋琢磨されていますが、プラットフォーマーの審査が甘いと、不健全な広告メディアが世の中に蔓延することになります。

プラットフォーマーの審査が甘いと、不健全な広告メディアが世の中に蔓延し、質の高いメディアや広告主、そして消費者が被害者になる

広告のエコシステムは本来、健全でなければいけないと強く思っております。
被害者は、「正しいことをしよう」と思っているメディアと広告主、そして消費者です。

日本ではブランドセーフティを意識していない広告主が多すぎる

残念なことですが、広告主の課題として、そもそもこの問題に気づいていない広告主が多くいます。

JAA デジタル専門委員会が創設された2016年と比較すれば、一般社団法人 デジタル広告品質認証機構(JICDAQ)が誕生するなど、さまざまな業界の努力によって、この問題の認知度は上がったと思います。

しかし、この問題の本質的なことを理解してない広告主が山のようにいます。対策の方法がわからない、対策する人がいない、対策のコストがかけられない、わかっていても実施できないといった問題が広告主側に発生しています。

結果、日本のアドフラウド(広告詐欺)の発生率は高く、PMPもない。その原因は、デジタル広告の使い方に、米国と日本では差があるからではないかと感じています。

アメリカでは、「企業としてこの広告を出してはいけない」、「ブランドを守るために」という視点が強くあり、ブランドセーフティも強く意識されている。ところが、日本はブランドセーフティの意識が10位以下。ブランドセーフティへの意識がアメリカ59%に対して、日本はわずか7%しかないという違いがあります。

日本とアメリカの広告に対する期待の違い。アメリカは日本よりもブランドセーフティを強く意識していることがわかる

日本のデジタル広告は、とりあえずコンバージョン「質」を見ていない傾向が強いように思います。今こそ、何のために広告をするのか、どのように消費者と向き合うのかが、企業に問われていると思います。

デジタル広告には、広告主や広告会社、媒体社など、さまざまなプレイヤーがいますが、ブランドセーフティの認知も対策割合も一番低いのが、広告主です。

ブランドセーフティの認知度、対策実施割合ともに広告主がもっとも低い

デジタル広告のエコシステムが機能するための「燃料」=広告費を入れているのは広告主です。ですが、その燃料がどこで発火して、誰に引火して、それによって誰が火傷を負っているかを認識していないという現状があります。

ある意味、仕方がない部分もあります。
デジタル広告は、簡単にスタートできますから、(社内の広告部門と連携せずとも)営業部門だけで配信可能です。営業活動の一環として、売り上げを上げるためにデジタル広告を出稿する。ですが本当に、売り上げさえ上がればよいのでしょうか? そこに企業としての視点や、ガバナンスがなかなか効かないという問題が生まれてしまうわけです。

これは広告の問題ではなく、経営の問題として考えていかなければいけないと私は強く思っています。

では、どのような対応が必要なのでしょうか。

デジタル広告の課題解決のために必要な対応

まずは、ブロックリストとセーフリストを決める。しかし情報が日々アップデートされる現代では、その対策も万全ではありません。だからこそPMPのように、安心できるメディアだけがピックアップされたマーケットに広告を出す。同時にアドベリフィケーション(広告の効果検証)ツールも入れながらPDCAを回す。そしてJICDAQの認証も活用し、意識の高い事業者とだけ付き合うといったことが必要です。

テクノロジーの進化がすべてのプレイヤーを追い越すが、広告主は自衛する必要がある

なぜ、広告主自身が対策をする必要があるのか。それは、テクノロジーの進化が、すべてのプレイヤーを追い越しているからです。意識して自分で自衛しないとブランドを守れないからです。

ですが、それでいいのでしょうか?
本来、瑕疵がある商品・サービスを売ってはいけないはずです。なのに、お金を出している広告主が、なぜ瑕疵がある商品・サービスを、意図しないのに買わなければいけないのでしょうか

その中で現在、問題解決に向けて、業界を横断してさまざまな取り組み、努力がされています。それは素晴らしいことだと思います。

ちなみに弊社では、独自の対策も進めています。
デジタル広告配信においては、活用を促進しながらガバナンスを強化するために、すべての事業部と連携して「パナソニック コネクト アドベリフィケーション」(広告効果検証)を実施しています。
JIQDAC認証代理店とだけ取引し、PMPの利用とともに、アドベリフィケーションツールを導入・活用し、PDCAを回しています。

各事業部からは、対策の必要性について、質問を受けることもありますが、「企業を守るために必要」と理解を求め、ガバナンスを効かせています。同時に、経営陣にもこの問題に関する講義やレクチャーを行い、経営陣への理解も促進することで、サポートを得られる体制を構築しています。

JAA デジタルメディア委員会としては、2019年に「デジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言」をしました。

2019年11月26日にJAAが発表した「デジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言~生活者のよりよいデジタル体験と、健全な業界発展のために~」

内容は、WFA(世界広告主連盟)が作ったものを参照していますが、日本版では大きく違うところがひとつあります。日本バージョンには、「広告主の倫理感」というメッセージを入れていることです。

デジタル広告のエコシステムにパワーを注入する広告主が「どういう考えをもって広告を出すのか」がいま、問われていると思います。ルール・法律に即しているだけではなくて、インテグリティ(Integrity:誠実さ)、倫理感を持って広告活動することが非常に重要になっています。なぜなら、テクノロジーの進化が早すぎてルールが追いついていないからです。

2024年はJAAとして「社会問題化するデジタルメディア上の詐欺広告に対する危機緊急提言」を、そして2025年には、「広告業界の緊急提言」も行いました。今、世界では人権問題が大きな課題となっていますが、メディアの人権問題についても、業界全体で考えていかなければいけません。これもインテグリティや倫理感につながるものです。

広告テクノロジーは民主主義を破壊するのか

広告テクノロジーは、民主主義を破壊するのでしょうか?

フェイクニュース、詐欺広告、広告詐欺。これらは、儲かるからどんどん増えているわけです。しかし儲かるからといって、嘘の情報が世の中に蔓延したら、私たちは正しい判断ができなくなります。その、嘘の情報や騙す情報を蔓延させているエネルギー(原因)が、デジタル広告になってきていると感じています。

知らない間にそういう世界になってしまえば、民主主義は破壊されますデジタル広告の問題は、実はその可能性を秘めた、非常に大きな問題だと認識しています。

デジタル広告の健全性は、業界に関わる全員の責任です。
2024年来、総務省でもこの問題に取り組み、2025年の春にはガイドラインを出すという話もあります。その中で、企業経営者も含めて、もっとこの問題に注力して、アクションしなければいけないという気運が盛り上がってきています。広告業界の中にいる人たちがリーダーとなり、より健全な業界になることを心から望んでいます。
ご清聴ありがとうございました。

■開催日時
3月13日(木) 17:00〜18:00
■登壇者
山口 有希子(パナソニック コネクト株式会社 取締役 執行役員 SVP CMO/日本アドバタイザーズ協会(JAA) デジタル専門委員会 委員長)

文/相澤洋美 編集/赤坂匡介(C-station)

講談社が提供する各種プロモーションサービスのご利用に関するお問い合わせ・ご相談はこちら